「また新しいルールが増えた」。
標準プロセスを整備したのに、現場のため息だけが増えていく——。プロセス改善が「やらされ仕事」に変わり、形骸化していくのには、はっきりした理由があります。20年この仕事をしてきた私の答えは、「自律」から始めること。その処方箋を書きます。
「立派な標準プロセス」が、現場で死んでいく
こんな風景に、覚えはないでしょうか。
品質問題をきっかけに、標準プロセスが整備される。チェックリストが増え、レビュー記録の様式が決まり、承認のハンコが一つ増える。最初の数ヶ月は守られる。けれど半年もすると、チェックリストは「中身を見ずに全部✓を付けるもの」になり、レビュー記録は監査の前だけ帳尻を合わせるものになる。そして現場からは、こんな声が聞こえてきます。「で、これ、何のためにやってるんでしたっけ?」
私は製造業で20年以上、組み込みソフトの開発者から始まり、開発プロセス改善(SPI)、医療機器の国際規格対応の全社プロセス制定、そしてPLM導入によるグローバル約20拠点の業務プロセス改革まで、ずっと「プロセスを変える仕事」をしてきました。その中で、立派なプロセスが形骸化していく場面を、嫌というほど見てきました。——正直に言えば、つくる側として、形骸化させてしまった失敗も含めてです。
その経験から言えるのは、形骸化は現場の怠慢では起きない、ということです。原因はいつも、改善の「やり方」そのものにあります。私は、その正体は3つあると考えています。
形骸化の正体①:押し付けられたルールは、「不満」にしかならない
一つ目は、シンプルです。そのプロセスを、現場の人が「自分でつくった」と思えていないこと。
ハーズバーグの二要因理論という考え方があります。人の「不満を生む要因(衛生要因)」と「やる気を生む要因(動機づけ要因)」は別物だ、という理論です。会社の方針やルール・管理のされ方は、典型的な衛生要因。つまり、押し付けられたルールは、どれだけ正しくても、不満の種にしかならないのです。
逆に、自分たちで議論し、納得してつくり上げた手順は、その不満を消します。内容がまったく同じでも、です。プロセスの中身と同じくらい——いや、それ以上に——「誰がどうやってつくったか」が、定着を左右します。
形骸化の正体②:「何のためか」が、見えなくなっている
二つ目は、目的の喪失です。
プロセスやルールには、必ず生まれた理由があります。過去の品質問題、規格への対応、お客様との約束。ところが組織が大きくなり、ルールが文書として一人歩きを始めると、理由は剥がれ落ち、「手順だけが残る」。自分の書いたチェック結果が、全体の流れのどこにつながり、最終的に誰の役に立つのか。それが見えないまま手だけ動かす状態——私はこれを組織の「サイロ化」の一症状だと捉えています。
人は、意味の見えない作業を続けられるほど強くありません。「何のためか」が見えないことは、単に効率の問題ではなく、やる気そのものを静かに奪っていくのです。
形骸化の正体③:手順書が、「思考停止」を生んでいる
三つ目は、少し耳の痛い話かもしれません。手順書そのものが、考えない現場をつくっているということです。
多くの手順書は、「これが唯一の正解です。この通りにやりなさい」という書き方をされています。すると現場は、考えることをやめます。手順通りにやることが目的化し、手順が現実に合わなくなっても、誰も直そうとしない。「手順に書いてあるから」が、考えない言い訳になる。形骸化の最終形態です。
プロセスをつくる側が「守らせること」をゴールにした瞬間、このループが始まります。本当のゴールは、その先にあるはずなのに。
処方箋①:納得できるプロセスを、現場と「共に」つくる
では、どうするか。私の処方箋は、3つの正体にそれぞれ対応しています。
一つ目の処方箋は、プロセスを現場と共につくること。改善する側が完成品を持ってきて「展開」するのではなく、現場の困りごとから出発し、議論し、納得の上で手順に落とす。遠回りに見えて、これが一番の近道です。押し付け(=衛生要因の悪化) を、共創(=納得)に変える。
このとき大事なのは、現場の「不満」をちゃんと聞くことです。私はかつて、ソフト開発者への不満ヒアリングを768件集めて、やる気を奪う要因を分析したことがあります。不満は、改善のもっとも正直な入り口です。不満を言える場をつくり、それがプロセスに反映される経験を一度でもすると、現場とプロセスの関係は変わり始めます。
処方箋②:「考えさせる手順書」——守破離を設計に組み込む
二つ目の処方箋は、手順書の思想を変えることです。私のつくる手順書は、唯一の正解ではなく、テーラリング(現場に合わせた調整)と改善を前提にしています。「この手順はなぜこうなっているのか」「あなたの現場ではどう合わせるか」を考えさせる。名付けるなら「考えさせる手順書」です。
下敷きにあるのは守破離です。型を守る段階(守)、型を破る段階(破)、型を離れる段階(離)。手順書は「守」の足場にすぎません。私は医療機器ソフト開発の全社プロセスを制定したとき、開発者の力量を5段階で定義し、段階に応じた教育プログラムをつくりました。今どの段階の人に、何を求めるのかを設計する——全員に同じ「守」を強いないことが、思考停止を防ぎます。
そして最後は、手順から解放されることこそが、本当の意味でプロになること。プロセス改善のゴールは「手順を守る組織」ではなく、「手順を自分たちで進化させられる組織」です。
処方箋③:手順・教育・ツールの三点セットで、「流れ」をつくる
三つ目の処方箋は、打ち手を単発にしないことです。私のプロセス改善は、いつも「手順・教育・ツール」の三点セットで考えます。手順だけ変えても、人が育たなければ動かない。教育だけしても、ツールが古いままなら続かない。仕組み・人・道具を一体で動かして、初めて「流れ」になります。
もう一つ、欠かせないのがTOC(制約理論)の発想です。あちこちを同時に改善しようとせず、全体の流れを止めているボトルネックはどこかを見極め、そこに集中し、みんなで助け合う。部分最適の改善は努力のわりに成果が出ず、それ自体が「改善疲れ」と形骸化の原因になります。全体最適で一点に絞るからこそ、現場が「変わった」という手応えを早く感じられる。この手応えが、次の改善のやる気を生む燃料になります。
改善が「続く」とは、自律が育つということ
3つの処方箋に共通する芯は、ひとつです。改善の主役を、改善する側から現場に渡すこと。
やらされる改善 → 納得してつくる改善 → 自分たちで回す改善
私はこれを「自律」を主眼に置いたプロセス改善と呼び、SPI Japan(ソフトウェアプロセス改善の全国カンファレンス)でも2017年から繰り返し発表してきました。プロセス改善の真のゴールは、整った文書でも、監査への合格でもありません。現場が自分たちの仕事の流れを、自分たちで良くし続けている状態。そこまで行って、初めて「改善が定着した」と言えます。
そしてこの状態は、「やる気100%な開発者集団」の姿そのものでもあります。納得してつくったプロセスは不満を消し、全体の流れの中で自分の仕事の意味が見えることはやる気を生む。プロセス改善とは、業務効率の話である以上に、人と組織のやる気の話なのです。
ともフロー研究所の「業務プロセス改革支援」
ともフロー研究所では、この考え方にもとづいて、業務プロセス改革の支援を行っています。
現状の見える化から始め、現場との対話を通じて納得できるプロセスを共につくり、手順・教育・ツールの三点セットで「続く改善の流れ」を育てる。BPR(業務改革)とSPI(ソフトウェアプロセス改善)の両面から、御社の現場が「自分たちで回せる」ようになるまで伴走します。
組み込みソフト開発の現場経験、医療機器の国際規格対応プロセスの制定、グローバル約20拠点のPLM導入・業務プロセスDX——「現場で受ける側」と「仕組みをつくる側」の両方を歩いてきたからこそ、できる支援があると考えています。
「うちの改善、形骸化しているかもしれない」と感じたら、その違和感が一番の出発点です。お気軽にご相談ください。
伊達 渡